whyから始めよ!
学芸会まで残り2週間ほど。今日も動きの練習を頑張っていこうと決意。
さて、タイトルにあるように『why』から始めよ、ということで学芸会っそもそも何のためにやるんでしょうか?
感動を伝えるため?それって学芸会という形じゃなくてもよくない?
伝統だから?その伝統って残さないと(遺さないと)いけないものなの?
ちなみに僕は伝統だから、という言葉が嫌い、とてもね。
この動画。
目的を考えず、方法だけを語ると(語っているから)どんどん形骸化していく。
特に行事はそれが顕著に思う。
例えば、運動会って何のためにやるの?
どんな力をつけたくて運動会をやるの?
研究授業のときには、あんだけこんな力をつけたくて、だからこの教材を選んで、こんなふうにコーディネートすると力がつくと仮定して実践して検証するのに、行事になった途端に目的やつけたい力ベースじゃなくて、『行事』というコンテンツありきになるはずないよね?
って、皮肉言っちゃうくらい。イライラしちゃった。
で、どうするのか。それを考えここで提案するのが僕の仕事。
まずは学校の中での対話が必要だと思う。
なんとなくで進んでいく行事。
学校って、いつからコンピテンシーベースからコンテンツベースになったんだろう?
— タスクマネージャー (@tmr_ignited) 2019年10月22日
もともと?
コンピテンシーを捉え直す。対話する。
これが圧倒的に足りてない。だからコンテンツベースになるし、気づいたら表面的な見た目にこだわっていく。
見た目だけにこだわった瞬間、細かいところに目が行ってどんどん時間を浪費する。
無駄無駄。
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!
DIOかよ。(笑)
全く外見が要らないとは言いませんが、そこにこだわる時間がもったいない。なら授業やったほうがマシやわ。
そのせいで進度遅れたら本末転倒。
目的を共通化できたら、それを子どもたちに落とす。
言いっぱなしじゃなくて、何回も確認する。お互い、目的を忘れないために。
そうすれば自ずと良くなるんじゃないかなあと。
対話がないと始まらない。
まずはそこから。
コンテンツに飲まれないように、自戒を込めて。